SORAコンサート2023
アーティスト紹介
J-Street R&R Band 9月23日(祝)15:50~16:30出演!
アーティスト紹介

J-Street R&R Band 9月23日(祝)15:50~16:30出演!

【J-Street R&R Band 9月23日(祝)出演】

所沢が全国に名を轟かせたのは1976年の所沢商業高校の夏の甲子園初出場でした。その3年後の1979年に西武ライオンズが生まれ、さらに全国に名を知られていいくようになります。

その頃、バンドに熱中する高校生の数名は全国に名を轟かせたい野望を持ちながら、寿町の蔵に集まり日夜バンド練習に励んでいました。

その名はJ-Street R&R Band.1981年結成のオリジナルロックバンドです。

「J」が頭に付く名前のムーブメントの代表は「JR」「J-WAVE」等沢山ありますが、設立は共に1987年。「Jリーグ」は1991年。 まさに時代の先どり感覚に優れた高校生達と思いきや「J」は日本の「J」では無く、ジャムセッションの「J」。

学校新道近くにあった寿町の蔵が彼らの練習とジャムセッションの場。 当時のダイエーから所沢小学校を経て西所沢に繋がる学校新道を楽器を抱えながらメンバーの高校生達が歩いた道から来るものでした。 つまり学校新道がジャムセッションストリートとしてバンド名になっていったのです。

バンド練習に遅刻したらマックフライポテトをメンバーに買うと言う厳しい(笑)罰則を設けながら夏は気温50度を超える蔵で練習を重ねたのでした。

翌年、彼らは本当に全国に名を轟かせる事になります。 カシオペア、サザンオールスターズ、シャネルズなどが1977年に出場したYAMAHA EAST WEST全国大会へ1982年、1984年に出場。 久保田利伸らとステージを共にするのでした。

ベース平岡利之 作詞/作曲の「Draggin’ On the High Way」や伊賀武氏作詞/作曲の「Fortuity」は高い評価を得ながらも惜しくも最優秀バンドを逃しプロデビューの夢は叶わなくなります。

その後、メンバー個々の音楽性が多岐に渡り出したため1985年に解散。 1987年、ボーカル吉角忠麿、ベース平岡利之、ギター伊賀武氏、ドラム小原智雄は新バンド「MARO」を結成、遂にポリドールレコードからデビューを果したのです。

時は進み、ギターでリーダーの伊賀武氏は「ロンリーチャップリン」「TAXI」でお馴染みの鈴木聖美と結婚。鈴木聖美のステージには必ずギターを弾く伊賀武氏の姿があるのです。

しかも今年の10月2日(日)は所沢MUSEアークホールにて「New Best Album発売記念 鈴木聖美35th Annivesary Live I’ve got soul "just one night」が開催予定であり、実弟 鈴木雅之・佐藤義雄・桑野信義・杉 真理らと共に伊賀が所沢に凱旋する予定もあります。

またツインリードの重要な一角を担っていた荒井謙次は、自らのリーダーバンドを結成し都内のライブハウスで活躍していたのでした。

2016年 J-Street R&R Band のボーカルだった吉角忠麿が逝去。メンバー各々が活躍する中、J-Stの道は断たれたかに見えましたが、2017年、忠麿の弟の英麿をボーカルに迎え再始動に踏み切ります。

「道は続いていた」と題された今年6月の目黒ブルースアレイジャパンでのライブは超満員。そこには時代を経ても応援する仲間と所沢の人々の姿が多々ありました。

とても感じる事は、いつの時代も音楽を支える「人」と「場」の存在があると言う事。

「人」は新所沢の喫茶店スクランブルのママさん。J-Stも含め高校生のバンドマンの溜まり場であった喫茶店スクランブルのママさんは、僅かな会費を集めて高校生達が多数出演するライブイベントを旧所沢市民会館等を借りて「場」を創り出してくれていたのでした。 当時の所沢にはロックのライブが出来るライブハウスは無かったからです。

そしてさらに「人」を繋げてくれる「人」がいる。その一人がキーボードの伊東昌喜です。

本人曰く「好きであっちこっちのバンドに顔を突っ込んでるうちに接着剤と言われる様になりました」と。人の繋がりを創り出す為には伊東の様な存在が重要です。

SORAコンサートは「喫茶店スクランブルのママさん」精神。「キノシタ楽器タカシマ店長」精神を繋げていかなくてはいけないと強く感じています。それが音楽文化だと思うからです。

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